花火と川と竜神と
こんにちは

フィンバー・マック役の岩田翼です

夏が終わってしまいましたね。9月になった途端に秋雨が続いてひんやりした日が続いています。皆様いかがお過ごしでしょうか?

突然ですが、夏と言えば僕は花火が大好きです。役者になっていなければ花火師になりたかったくらい。学生時代には東京都府中市にある花火の打ち上げ会社でアルバイトをしていたこともありました。墨田川の花火コンクールでも表彰されるくらい実力のある会社でした。研修を受けて危険物免許を取得し、夏休みやゴールデンウィークになると横浜八景島シーパラダイスや東京ディズニーランド近くに泊まり込みで滞在し毎日夜の花火を打ち上げたり、ここ数年はオリンピックのために中止されていますが東京湾大華火祭に昔ながらの職人さんたちと共に参加したことも思い出深いです。僕が働いていた会社は今主流の、音楽と花火をコンピューター制御でシンクロさせて打ち上げるシステムを使い出した走りのような会社だったので、主な仕事は昼の間に花火の筒に玉を入れそこからつながる電線のコードを、打ち上げを制御する装置のコネクタに順番を間違えないように差し込んでいく作業でした。打ち上げはコンピューター任せなので打ち上がっている最中は落ちてきた火の粉で他の花火や芝生に引火したりしないように下でハッピにヘルメット姿でホースで水をまくのが仕事でした。一方昔ながらの職人さんは花火の大きな筒に手で直に火種や玉を放り込んで打ち上げることも多く本当に危険と隣合わせでした。火種を放り込んだ瞬間に耳をふさぐのですが、あまりに近いところにいるので耳が遠くなっている方も多かったです。

とまあ、花火バイトの話と芝居は直接は関係ありませんが、どちらも本当にたくさんの準備をして、日ごと夜ごと打ち上げてしまえばそれで終わり。儚いなぁなどと秋の夜長に物思うのです。

今は花火の仕事には関わっていませんが、遊びでやる花火にもちょっとこだわって浅草橋の家庭用花火専門店まで買いに行きます。少し値は張りますがスーパーやホームセンターで買えるものとは持続時間や迫力がちょっと違います。地元のさいたまを流れる芝川の河川敷、広大な緑地が広がる見沼田んぼの一角で家族で楽しんでいます。見沼田んぼは劇団昴の事務所のある豊島区と同じくらいの広さ。Googleマップや画像検索などで見ていただくとその広大さや緑の美しさがおわかりいただけると思います。大好きな場所です。

そうそう。今回の芝居では川に堰を作ってダムにすることで妖精が現れなくなってしまったという話が出てきますが、さいたまの見沼田んぼには逆に堰を壊して干拓することで、竜神が空へ帰ったという伝説があります。

ちょっと長いですが、これを読んでから今回の公演を見ていただくと、こうした伝説がより身近に感じられて、よりお楽しみいただけると思いますよ~

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『見沼と竜神ものがたり』


「見沼田んぼ」は江戸時代の中頃まで、大きな沼でした。

田畑を耕すのに必要な水を八丁(約860m)もの長い堤でせきとめてできたこの沼は「見沼溜め井」と呼ばれていました。

日光の中禅寺湖にも負けないほど大きなこの見沼は、江戸時代の初めに徳川家康の命令で作られたといわれています。

その見沼は、田畑をうるおすだけでなく、フナやシジミ、ウナギなども沢山とれました。

村人たちは、ゆたかな恵みを与えてくれる見沼に感謝して暮らしていました。

子供たちも魚釣りをしたり、泳いだり、水遊びのできる見沼が大好きでした。

この見沼には昔から、「見沼の主(ぬし)」といわれる竜神が棲(す)んでいるといわれていました。

いつも静かな見沼も、ひとたび台風が来ると、激しく波立って、船を転覆させたり、雷鳴がとどろき、大雨が降ると洪水で村人を困らせていました。

村人はそんなとき「竜神様のたたりじゃ」と叫びながら、力を合わせて家や田畑を守りました。

激しい雨や風もやんで青空に戻ると、「また竜神様を怒らせないようにがんばろう」と言って、自分たちを戒めていました。

竜神は自然の力を使って、村人たちに怠けたり、悪いことをするとたたりがあることを教えていたのです。

見沼の周りにある神社の中で、高鼻(大宮区)の氷川)神社[男体社(なんたいしゃ)]と宮本(緑区)の氷川女體(ひかわにょたい)神社[女体社(にょたいしゃ)]は、ともに武蔵一宮(むさしいちのみや)と言われ、ふたつの神社の間には、その子といわれる中川(見沼区)の中山神社[王子社]があります。

この三つの神社は、なぜか不思議なことに見沼を見守るように一直線で結ばれているのです。

その神社の中で竜神をまつるお祭を遠い昔の平安時代から行っていたのは氷川女體神社です。

祭の日には沼の一番深いところに竹を四方に立ててしめ縄をはり、おみこしを船にのせて行き、お祈りをしていました。

そのあたりは、今でも「四本竹(しほんだけ)という地名で残っています。

その祭は「御船祭(みふねまつり)」といいましたが、形や名を変えて、現在も行われています。

ある日のことです。村人たちが腰を抜かすような出来事が起こりました。

八代将軍吉宗の命令で井沢弥惣兵衛為永(いざわやそべえためなが)というお侍が江戸<今の東京>からやって来て、「これから見沼の水を抜いて(干拓)田んぼにする」と言うではありませんか。

「見沼の水がなくなったら生きていけなくなる」

村人たちは大騒ぎです。竜神のたたりもあるに違いありません。

弥惣兵衛が見沼に来たのには訳がありました。

その頃、幕府の財政は大そう苦しくなっていました。

また江戸の人口は百万人にも増え、食べるお米が足りなくなっていました。

そこで吉宗は各地に新しい田んぼを増やし、少しでも多くのお米を作ろうと計画したのです。

弥惣兵衛は吉宗にその任務を与えられ見沼にやってきたのです。

弥惣兵衛は将軍吉宗が心から信頼する家来で優れた土木技術の持ち主でした。

弥惣兵衛は反対する村人たちの意見をよく聞きながら、見沼の代わりに利根川から水を引く計画も話し、根気よく説得しました。

少しも偉ぶらない、誠実な人柄の弥惣兵衛の話に村人たちは安心し、やがて皆協力することになったのです。

いよいよ工事に取りかかる日が近づきましたが、弥惣兵衛は工事の準備と村人たちの説得に疲れ果てて、降雨時の詰め所だった大日堂(だいにちどう/大宮区天沼)でとうとう病に伏してしまいました。

そんなある番、寺で寝ている弥惣兵衛の枕元にどこからともなく美しい娘があらわれ、工事を始めるのを九十日間延ばしてくれれば、必ず病気を治してあげるというのです。

この娘の話を聞いていた家来は障子を少し開けて覗いてみました。

美しい娘どころか、大きな白い蛇が弥惣兵衛の体を真っ赤な舌でぺろぺろとなめ回しているではありませんか。

美しい娘は竜神の使いだったのです!

竜神は沼の生き物たちや自分の棲むところを決めるまで工事を延ばしてほしいと思ったのです。

このことがあって、気味悪がった弥惣兵衛は詰め所を万年寺(ばんねんじ/見沼区片柳)に移しました。そして娘の言うことを聞かず計画通り工事を始めてしまいました。

干拓には大勢の村人の手を借りなければならなので、農作業の暇な冬の間に工事を終わらせないと春の田植えができなくなってしまうからです。

ところが、工事が始まるとたびたび大雨が振り、洪水で土手が崩れ、せっかく造ったものも次々壊されてしまいました。

村人たちは、口々に「竜神様のお怒りだー!」「竜神様のたたりじゃー!」と言って恐ろしがりました。

そんなある日のことです。

万年寺で夜遅くまで工事の絵図面を見ていた弥惣兵衛のもとへ、今度は別の美しい女が訪れ、「沼に棲む生き物たちみんなの願いです。どうかこの干拓工事をやめてください」と涙ながらにたのみました。

弥惣兵衛がふと、後ろの障子を見ると、行灯の明かりに揺れる女の影は・・・

なんと!恐ろしい竜そのものだったのです。

見沼の竜がやってきたことを知った弥惣兵衛は、「多くの人間の命を救うためにはたくさんの米が必要なのだ。見沼の干拓を止めるわけにはいかないのだ」と竜神の申し出を断りました。

すると「見沼を干拓すれば沼の生き物はみんな死ぬであろう。人間だけが生きられればそれでいいのか、勝手な人間どもめ!許さんぞ!お前たち人間どもを」と竜神の怒りの大声がとどろき、弥惣兵衛の体は何かに締め付けられて身動きできなくなってしまいました。

弥惣兵衛は「利根川の水を引いて用水路を作り、沼の生き物たちが棲めるようにし、できるだけ自然を壊さないようにしよう。この工事が終わったら私は食われても構わない、この命を竜神に捧げよう・・・。だからこの工事を何とか続けさせてくれ」と必死に頼みました。

静かな時が流れ、竜神の穏やかな声が聞こえてきました。

「お前の気持ちはよくわかった。見沼を人間に預けようぞ!精一杯やるがよい」

すると、それまで締め付けられていた弥惣兵衛の体はスーッと楽になりました。

竜神は、弥惣兵衛が命がけで仕事に取り組む姿に感心して見沼を明け渡す決心をしたのです。

それからというもの天気の良い日が続き、工事は計画通り半年もかからず、沼を田んぼに変えることができました。

八丁の堤を切って沼の水は抜かれました。新しい用水路に利根川の水も流れてきました。弥惣兵衛と、村人たちの努力が実ったのです。

そうして・・・大きな沼は広い田んぼになりました。「見沼田んぼ」です。

竜神は沼の水を干すと同時に天に昇りました。

完成した見沼田んぼを空からみた竜神は、見沼の空を大きく舞いました。それを見た弥惣兵衛や家来、村人や子供たちまで[竜神様ー」「ありがとうございました」と手を振ってお礼を言いました。

今でも竜神は空からさいたま市を見守っているのです。

<終わり>

(さいたま竜神まつり会Webサイトより引用)
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